第1話:マサヨシ君の大冒険はココから始まった

これはある少年の感動の冒険の書である。

今回の主人公の少年の名は・・・

「マサヨシ君」

多くの人に気づきと
多くの人に笑顔と
多くの人に夢と感動を与えた

と言われるマサヨシ君

真実かどうかは
ここから先を
あなたの目と心で確かめて欲しい。

彼の冒険の旅が今始まる。

_________________________


今、自分のことを振り返っているんだけど

    一番古い記憶って何だろう・・・

何度も思い出そうとチャレンジしたけど

思った以上に難しい。


どう考えても
僕の一番古い記憶


それは・・・


おばあちゃんにストーブで
砂糖しょう油で餅を焼いてもらい

食べている時の記憶かもしれない。


それは冬の宮城の片田舎町


冷たい風が吹き荒れる中
本当に狭いボロボロの町営住宅で育った僕。


父は夜逃げ同然で姿を消し

残された母親は

僕とおばちゃんを養うために
色々な仕事を遅くまでしていた。


   「母親って夜中まで働いている存在」


僕にとっては、それが当たり前だった・・・。

そんなある時

僕のおばあちゃんは
突然、心臓病で亡くなった。


実は、その辺の記憶はあいまいなのだが


母親に聞くと、亡くなったこと自体を
全く理解できていなく

棺おけに入っているおばあちゃんの隣に
自分で布団を引き寝ていたらしい。

そして

何度も小窓をあけ、覗き込み
おばあちゃんに話しかけていたという。


生前おばあちゃんは

僕にしきりに

  「 人のためになるような仕事をするんだよ 」

と何度も言っていたようだ。

ただ、実際は

人のためどころか

人見知りばかりで
いつも人のかげに隠れていたことを覚えいている。


母親は、そんな僕を見て
とっても不安だったみたいだ。


  ちゃんと友達ができるだろうか
    ちゃんと周りと仲良くできるだろうか

母親の不安は的中した。


僕は物心ついたときから
まともに会話ができなかったのだ。


しゃべろうとするとコトバにつまり。
やっと口からコトバが出ても、どもってしまうのだ。


これも記憶はあいまいなのだが
町営住宅の隣に
僕と同じくらいの年の女の子が住んでいて


ときどき一緒に遊んでいたのだが


今思うと、彼女に完全に遊ばれていた。

笑われていた。
笑い者にされていた。

それにすら、当時の僕は気づいていなく

むしろ相手にしてもらっていること事態に
喜びを感じていたのだったと思う。


なぜなら

昼間は

母親は働いているから家に一人だった僕。


家に一人でいること自体
とっても怖くて、怖くて

泣きながら家の周りを何度も歩き回っていた。


   「おうちが怖いよ~
      おうちが怖いよ~」


その光景を見て
何度も笑われていたが

家に一人でいるよりは、ましだったからだ。


そのまま幼稚園に入っても
なんとか近所の友達はできるものの

 いじられたり
   笑われたり

扱いは一緒だった。


小学校の入学直前に


テレビで見た「ドラえもん」で

のび太がいじめられ
さらに、学校で廊下に
バケツを持って立たされていたシーンがあった。


それを見て、僕は体が震えていた。


なぜなら


まったく同じことが
自分にも起きると思ったからだ。


正直、小学校には行きたくなかった。

行ってもいじられたり
笑われたりするだけだと思ったからだ。


熱があるふりをして
休もうと思ったが

母親にはバレバレだった。


母親からの説得を受け


僕は、いやいや学校に行った。


まともに話せない僕は
みんなが遊んでいる休み時間も

机に座っているだけだった。

すると

それを見かねた先生が
気を使ってくれたのか

休み時間に特殊学級に通うことになった。


それは

会話の練習をするためだった。


その当時、どもりがひどく
会話が全くできなかったことから

先生の配慮だったんだろう。


しかし、回復のメドはなく
休み時間でなく

みんなが普通に授業をやっている時間にも
通うことになった。


ただでも学校に行くのが苦痛なのに
ますます苦痛になった。


みんなが授業をしているときに
授業を抜けて

自分ひとりだけ特殊学級に行く。


そしてやることは

先生が動物などの絵を描いてあるパネルを1枚づつ見せて
その名前を僕が話すというものだった。


それが
まったくできなかった・・・


しゃべろうとすると、口から全くコトバが出ず
下を向くだけだった。

頭にはコトバが思い浮かぶけど
最初の文字が出てこない。


そんな僕を見て
先生はいろいろ考えたのだろう。

いつの間にか

ピンポン玉を吹いて
転がすという練習に変わっていた。


毎日、毎日

ピンポン玉を吹き続けた。
ピンポン玉を転がし続けた。


正直

とても苦痛だった。


みんなが楽しく授業をしている中で
自分の相手はピンポン玉ひとつだけ。


 寂しかった。
   辛かった。
     むなしかった。


みんなと仲良く、話したかった。

みんなと仲良く、遊びたかった。


ただ友達がたくさん欲しかっただけだった。

いつからだろう


気づくと僕は

友達がたくさんいる子を観察している自分がいた。


最初は「いいなぁー」

くらいだったと思うが


次第に「どうして彼は友達がたくさんいるんだろう」

と思うようになっていた。

そんなある時

ひとつの答えが出たのだった。


それは・・・


____________________________

 
      『 あなたの冒険を振り返るポイント! 』


 ・一番自分の古い記憶は何だろうか?

 ・両親や家族からどんな影響を受けただろうか?

 ・どんな遊びや生活をしていただろうか?

 ・どんなコンプレックスがあっただろうか?

 ・それをどう克服しようとしたか?

 
 きっと、それはあなたにとって大きなヒントになるはず!


さぁ、そのヒントを持って
次の「マサヨシ君の大冒険」をお楽しみに!

この感想や気づきを
お気軽にコメントしてくださるとうれしいです。

あなたのコメントが
誰かの冒険のヒントになるかもしれません。


 ⇒ そして、第2話はコチラから



投稿者 oda : 2005年01月30日 00:00

トラックバックURL:

"第1話:マサヨシ君の大冒険はココから始まった"へのコメント

自分の原点を振り返るいいキッカケになりました。

仕事のことで悩みがあったのですが、
自分の原点を振り返ったら、ストンと腑に落ちました。

小田さん、いつもステキなキッカケをありがとうございます。

『マサヨシ君の冒険』、楽しみにしています!

投稿者 冒険好きM : 2006年05月16日 02:29

自分の原点を探す旅!

私の原点、やりたい事っていったいなんだろう~

改めて考えさせられましたね~

続きが楽しみ…

投稿者 梶田 了 : 2006年05月16日 07:32

こんにちは。メルマガから来ました。

「原点」
行動の、思いの基本をつかんでいる事は
すごく大事だと思います。

彼が自分を生きていけますように。
先を楽しみにしています。

投稿者 ベジ けいみぃ : 2006年05月16日 08:16

毎回 ココロをハッとさせられます。

原点、記憶をさかのぼることは、結構思いのほか
大変ですね。
時間の忘却か、忘れたくて忘れたのか。

でも、自分を原点と向き合うことは
大切だと思いました。
ステキなきっかけをありがとうございます。

投稿者 Anonymous : 2006年05月16日 08:35

旧マサヨシ君物語も
楽しくて一揆に読ませていただきました
バージョンアップも
面白くて
これからが楽しみです
人とはかなり違う(笑)
過去を持っている小田さんの
物語は
たくさんの気づきあります
いつもありがとう^^

投稿者 満里子 : 2006年05月16日 09:06

昔の自分が何で悩んでいたのか。
何にコンプレックスを抱いていたのか。

それはいつのまにか忘れてしまうものかもしれませんが、こうやって思い出すことで今後の生きるヒントになるんだなあって、感じました。

今後のマサヨシ君物語を期待してます!

投稿者 フル五萬 : 2006年05月16日 09:16

初めて書いてみます。
いつもメールを拝読しながらいろいろ考えさせられています。
わたしもいつか一歩でも近づけたらいいなと思っています。
ところで今回のマサヨシ君の冒険には思わず引き込まれてしまいました。私が育った戦後は世の中みんな貧乏で必死に暮らしていました。しかしそれが生きる力の源になっていたと思います。

もう一度自分の原点を振り返ってみようという気持ちになりました。続きを楽しみにしています。

投稿者 杉田 初代 : 2006年05月16日 10:17

メルマガからきました。

<メルマガより>

 元・船井総研トップコンサルタントの
 佐藤芳直さんから

「 人って常に帰る原点って大切なんだよね。

 帰る原点を持っている人と持っていない人では
 手にする結果が大きく違ってくるんですよ。

 ところで小田さんの原点って何? 」

深いことを言うなぁと言うのが最初の
感想。その後、ちょと待てよと感じました。
どちらかというと少し不快な感情でした。

「原点」というと何かひとつ大きなものの
感じがしますが、そこがひっかかったのかも
しれません。

すべての人々は生まれたとき(もしかしたら、
生まれる前から?)から親、家族、友達、
先生、会社の上司・部下など様々な人たち
と様々な出来事を経験しています。
その中で傷ついたり、逆に人を傷付けたり、
コンプレックスを持ったり色々なことを
経験しています。
恐らく、それらはそれぞれに意味があって、
どれかひとつの出来事、コンプレックス
なんかを「原点」としてしまうのは、逆に
その人の人間の幅を狭くしてしまうのでは
ないかと感じます。

「原点」をもっと広い意味に捉えて、
自分の過去の出来事すべてと考えるなら
それはとても大切なことだと思います。

投稿者 澤田 : 2006年05月16日 11:58

ターボさんの講演時にお話させていただいた『ブログ成功バイブル』の著者、百世瑛衣乎です。
自分と同じような体験にドキドキしました。
私もドモリで、全くしゃべることができず、
仕方なく本ばかり読んでいて、ライターになってしまいました。

昔ドモリだった人には、時々会いますが、
自分以外で特殊学級に通っていたという人は、
小田さんが初めてです。
しかも、ドモリに加えて超ノロマ、体育は学年最下位、
自分で納得しないと何一つ動かないタイプだったことで特殊学級へ入れられ、
母が反発してほどなく出されましたが、クラスでは「いない」モノ扱いでした。

言葉をしゃべることは、カッパブックスか何かの「話し方の本」みたいなのを買ってきて、一つひとつ試していきました。
昔ドモリだったことを、「信じられない」とか「信じないわよ」とよく言われますが、
小田さんも、とてもそういう風には見えませんね。

ドモリ、特殊学級、父親不在・・・
特に特殊学級は、同じような人を初めて知り、ちょっと興奮してしまいました。
私も社会を良くするために、いろんな活動を広げていくつもりです。
一緒にがんばりましょう。

投稿者 百世瑛衣乎 : 2006年05月16日 17:36

こんばんは、みなさん過去は最悪でも今が最高で
すごくいいですね、僕の場合は今の方が最悪という
逆パターンなのですが、努力が足りないとお叱りを
受けてしまいそうですが、僕と同じ方はいませんよね


マサヨシ君物語はとても楽しいです。


投稿者 minoura : 2006年05月16日 21:20

「マサヨシ君物語」、大変失礼ながらこれは実話なのでしょうか。
だとするととても今の小田さんからは信じられない気がしますが・・・。
でも今後の展開にワクワクしてきます。
次回以降楽しみししています。

投稿者 浜松のタカ : 2006年05月16日 22:07

こんにちは

小田さんに、そんな過去があったなんて、知りませんでした。

今、息子は、ことばの教室に通っています。
いつになったら、はっきりと話せるようになるのだろう。
でも、いつかきっと上手に話せるようになるハズと思いながら、連れて行っています。

引越し前に通っていた、病院の言語指導よりも、
ずっと楽しいみたいで、引越しできたことにも、感謝しています。

人は、ちょっとつらい経験を持っていたほうが、
強くなれるのかもしれませんね。

投稿者 KIRARIN : 2007年04月21日 08:32